カルチャーショック

2008年07月03日 23:11

 スィーツどもの会話に


ついてゆけない…orz


みんな彼氏とかあたりまえみたいにいて、

そいつらにあたりまえみたいにたっかいブランド物とか

買ってもらって、

そのくせ合コンいっちゃったりとか。

そんな話がアタリマエに飛び交う今の職場の空気に

まじついていけません。


藻女なので…。


以前の職場は仕事が恋人の藻女の巣窟だったので

そういう意味では居心地よかったなあ…。

ただし、仕事が恋人のお局さまたちは、

キツくてやつあたりがすごいです。

以前の職場の仕事が恋人な先輩たちは、仕事以外の

趣味やプライベートがまったくない人たちでした。

ちなみに、趣味を封印して仕事に生きることにしていた当時の私もそうでした。

今の職場の

スィーツたちは、プライベートが充実してて愛されてるからか、やさしい人が多い。

いい子たちなんだけど、やっぱ価値観とか、住む世界が違うなあ、と

新しい出会いに驚いている私です。

支えられてなんとか立ってる

2008年07月01日 00:21

 毎日。

夜帰ってきて、あの人とメールやりとりする時間が
いちばんホッとするし、この時間のために、
毎日前向きでいられるんだと思う。

ホント、彼の存在に支えられている。

若い子の多い職場では、自分はおばさんで、
おばさんのくせに仕事できないとか、
自分くらいの年の人があまりいないので、(みんな出産とかしてやめちゃうみたい)
結婚も子供も恋人もいない自分は、若い子たちに
バカにされてるんじゃないかと
変な被害妄想と対人恐怖でへとへとで。

若い同僚たちが、あたりまえのように、彼氏とかの話をしても、
ずっと一人身だったし、対人恐怖症でひとと深くかかわってこれなかったし
恋愛恐怖症でもあるので、
その会話についていけなくて。

それでも、今日帰って、彼と何を話ししよう、って考えて
乗り切ってる。

依存してしまいそうで怖いけど、
依存させてくれそうな人ではないのが救いかも。

何気ない会話だけど、私のことをどう思ってるんだろう?
これからどうなりたいって思ってるんだろう?
それがとっても気になる今日このごろ。

ただ、あってそれを確かめて、今の関係が壊れてしまうのが、怖い。
足場をなくしてしまいそうで。



結婚できない理由

2008年06月26日 21:47

 最近、ようやくあの頃のこと、
虐待のようなことをされていたことを、
冷静に他人に話せるようになった。

 というか、ものごころついた時からここ数年前まで
まともに他人と会話もできないくらい、心を閉ざし、
対人恐怖症がひどかったので、誰かに
自分のトラウマを話すなんてことは
ぜったいにできなかった。

思い出すだけでもトラウマなのに。

 ものごころついた時にはもう、母親はおかしくなっていた。

今思うとうつ状態だったのかもしれないし、
もともと人格障害だったのかもしれない。

機嫌が悪いとよく無視をされた。
出かけたとき、わざとおいてきぼりにされたこともあった。
よく責められた。病気をしても怠けさせない、
と、休ませてもらえなかった。

気が弱く、おとなしい私はそんな母親のいいなりだった。

母は自室にほぼ1日中とじこもり、ほかの家族や他人とかかわろうとせず、
ひとり、泣いていたり、テレビに向かって独り言を言っていた

それを見て、思った。

結婚したら、自分もきっとおかあさんみたいになってしまう。
1日中、家にひきこもって、孤独で、
こんなふうにはなりたくない。

だから私は結婚なんてぜったいしないと。

母自身も、嫁にきたことがとても不幸だというようなことを
よくいっていた。
他人の家に入ることがつらい、とよく泣いていた。

他人の家に入ってつらい思いをするくらいなら、
結婚なんてぜったいにしないとおもったし、
母も、嫁にいって苦労するぐらいなら、
手に職をつけて、自立した女性になってほしいと
しょっちゅういっていたし、その価値観に洗脳されていた。

結婚したら、いろんなストレスで母のように
気がおかしくなるような気がしてならないのだ。

だから、出会いがあってもその縁を自分で壊してきた。

でも、最近、同じ年ごろの人たちが、家庭をもち、子どもをもち、
しあわせそうにしているのをみると、
とても自分がみじめに思えるのはなぜだろう。

街を行く、カップルや家族連れがうらやましくて、
私にはないあたたかい関係が築ける人たちがうらやましくて。

私は、いつもつめたくて暗いところにひとりぼっちで
いるような気がするのはなぜだろう。

あたたかい家庭というものがほしかった。

ありのまま誰かに愛されることを私は知らない。

だから、人を愛することもよくわからない。

安心して、自分が自分でいられる場所がほしかった。

欠けているもの

2008年06月25日 01:05

今日、母の友人だった人に、
幼い頃、母にされていたことを、細かく話した。

 母とのトラウマをここまで詳しく他人に話したのは
はじめてかもしれない。

 その人は言ってくれた。

「それは虐待だよ」と。

そして、加害者である母のつらさも、わかってくれた。


 そこで話していて、気づいたことがある。

母は共働きで、小さい頃は仕事で家を
あけていることが多かった。

だから、あまりかまってもらえなかった。

たまに一緒にいれば、母が大嫌いだった祖母たちと
仲良くするなとなじられた。
「あんな他人と仲良くするなんて。」

母が勤めに出ている間は、祖母が私の面倒をみてくれていた。

だから、祖母になつくのは自然なこと。

だが、それが母には気に入らない。

祖母やおじ、おばと仲良くするな、とよく怒られた。
そのころの私は3歳かそこらで、大人の保護が必要な年齢。

自分は仕事で家をあけていない間、誰か大人がついていなくてはいけないのに、
面倒をみてくれた祖母やおば達に対して、
あの人たちは他人だから心を開くな、他人にはもっと遠慮をするものだ、と、
今思うとむちゃくちゃなことをいっては私を叱っていた。

 その反面、親らしいしつけはほとんどしてくれなかった。

だから、幼稚園にあがる年齢にもかかわらず、社会的なあいさつや、
着替えや自分の身の回りのことをすることが、身についておらず、
幼稚園で浮いてしまい、バカにされ、いじめられた。

 祖母や父を他人呼ばわりし、
他人には小さくなって遠慮をするものなのに、
この家で大きな顔をするな、と余計なことは洗脳して、

私が社会にでていくのに必要な基本的なマナーや
習慣などは、教えてくれなかった。

それでいて、そういったことができない
ダメ人間よばわりをされていた。

三つ子の魂百までというけど、
人間の基礎の部分をつくるこの時期に
はっきりいって、メチャクチャな接し方をされて

その後の人生もめちゃくちゃだった。

めちゃくちゃのまま、大人になって、無気力で自暴自棄に生きてきた。

人並みの幸せや人との信頼関係が持てる、
世の中にたくさんいる「ふつうのひと」を
どれほどうらやましいとおもってきただろう。

 私はものごころついたときから、
母によって人生を
めちゃくちゃにされてきたのだ。

疲れた

2008年06月23日 23:36

 おひとりさまの時間も悪くなないんだけど。


やっぱり、



もう、


ひとりでいるのは疲れた。


一緒に生きてくれる人がほしい。

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